★NPOフォーラム(例会No.500)
★『グローバル経済社会研究所』 第10回フォーラム
フォーラム「日本文化の国際化」ゲスト近藤誠一氏(元文化庁長官)レポート
◎2014年1月22日フォーラム「日本文化の国際化」ゲスト近藤誠一氏(元文化庁長官)レポート
昨年、日本を訪れた海外からの観光客がようやく1千万人を超えた。
これは日本の人口の8%にあたる。
フランスに世界から訪れる年間の観光客は人口の131%になるそうだ。
それだけフランスには世界を惹きつける魅力があるということだろう。
日本にくる留学生も少なく、日本文化を伝える力が弱い。
では、どう日本文化を国際化するか?
日本文化の特徴、海外との対比、唯一フランスが真似をした日本の人間国宝
の制度など、元文化庁長官近藤誠一氏に語ってもらった。
----------------------------------
(記 amiaクラブ会員MY)
この度は大変有意義な機会を設けていただいたことに改めて感謝いたします。
普段接することのない方々や世界に触れることができたことが一番の宝物です。
豊富なキャリアを持つ近藤誠一氏から間近でお話が聴けたこと、芸術や文化には
偉大な力があること、観光国フランスから学べることは懐の深さであったこと等、
大変刺激的でした。
また参加させていただきます。
----------------------------------
(記 amiaクラブ会員SH)
近藤氏の豊富な経験に基づいたお話を、初めから終わりまで、なるほど、なるほど
と思って聞かせて頂きました。「日本文化の国際化」というテーマでしたが、もっと
幅の広い「日本人としての心のあり方、生きる術」をも考えさせられました。
日本人は心の豊かさを犠牲にして経済成長を重視してきたが、これを見直さない
といけないと言うのを聞いて、自社の慢性的長時間残業の実態が頭をよぎりました。
本当に大事なことを、見誤って、あるいは、分かっていながら目隠しをして後回しに
してきてしまったということを皆が認識しないと改善できとないのだろうと思います。
日本文化の特徴は1.自然観2.あいまいさの受容3.目に見えないものの価値を
認める、の3つだと仰っていました。正にそうであろうと思いますが、
私はもうひとつ多様性というものも大きな特徴だろうと思います。日本文化は、
固定の、あるいは単一の思想や宗教等に基づいたものではなく、広範囲な要素
から成り立っていると思います。
その反面、日本人は排他的な性質を持っていて異文化交流が下手だと思われて
いるのは残念です。
2020年の東京オリンピックをマイルストーンとして、もっと日本文化を世界中に
誇れるようにしたいと思うと共に、そのためには日本人自身がもっと日本文化を
愛さなくてはいけない、ということの気付きを得ました。
とても有意義なフォーラムでした。
----------------------------------
(議事録)
40年余の社会人生活のうちほとんどが外務省のため、その半分の20年弱が海外。
その他日本では通産省、文化庁、海外ではIEAに3年、OECDを4年、ユネスコには
日本大使として、40年を積み上げて来た。
バブル期までは経済成長に成功して「Japan as No.1」とまで言われるようになった。
バブルが弾け、意気消沈し、日本人の悪い部分が出始めた。
安全と物資的な豊かさの追求は、本来心の豊かさを得るための、環境整備に過ぎなか
ったのに、それが達成された後、社会全体が心の豊かさにシフトすることなく、経済成長
を重視し続けてしまった。
つまり、戦後の経済成長偏重から切り替えるべきタイミングを逃してしまった。
この根底にあるのは、明治維新以降の150年、精神性・文化をないがしろ
にしてきたことにある。
日本人は文化の持つ力をないがしろにしてきたため、若い人が実際の目でその力を
感じるチャンスを逃している。人間形成に必要な故郷への誇り、夢、情熱、ビジョン
を与えないシステムになってしまった。それは我々大人の責任だ。
それを回復させるためには、誰か一人に委ねるのではなく、家庭、職場、学校、
コミュニティー、その全てで行動するべきである。
では、どうしたらいいのか、
例えば、「高校生のための能」をもっとやったらよいのでは?
シーンとすること(音を一切出さない間のこと)の大切さを理解している人は
どれだけいるのだろうか。一度能を観れば、自然とそれが分かる。
演者と観客の距離を近くすることが必要であり、どれだけ年齢の若いうちから
触れさせることが出来るかが鍵である。例え理解が出来ずとも、「朧げにも能を
見た」という記憶は残る。それを小さいうちに根付かせ、習慣化させること。
現在の社会は、とっつきやすいもの(パッと見てカッコいい、カワイイもの)が
好まれ、「手っ取り早く、安く、効率良く」の社会になっている。それは、短期的
なものに価値が置かれているということである。
しかし、日本の伝統文化はそうではない。その価値が分かるのに時間がかかる。
だから投資効率が悪い。例えば、今日1億使っても明日成果が見れるものではない、
しかし、今日使わなければ、10年後に確実に後悔するのだ。
今の若い人が、問題にどのように取り組むのか。
すぐGoogleで検索する。そうすれば100点は取れなくても60点取れる。
時間をかけて解かなくても、次の問題にすぐ行くことが大事だという。
何度も言うが、日本の文化は「すぐ結果が出るものではない」。
制度として「子供」が日本の伝統文化と触れ合う機会を作らなければならない。
2020年がそのきっかけになるだろう。2020年に伝統文化に焦点をあてた
「なにか」を作ろうという動きがある。
では一体、日本文化のどこに力があるのか
文化芸術はそもそも「楽しむもの・癒し」だと考えられているが、それに留まら
ない力があるのではないかと思う。
私が考える文化芸術の力とは、大きく7つに分類される。
7つの力
1.表現する手段(持ってると消化不良になってしまうエネルギーを発散)。色・音・
形で自分の存在を表現する。南フランスにラスコーという洞窟壁画がある。
すばらしい芸術だ。クロマニヨン人がどうして芸術を作ったのだろうか。
飢えと寒さに苦しむ時代でも表現したいものがあった。
2.他人が表現したものを受け止めて、共鳴し、コミュニケーションによって
共に問題を乗り越える。
3.経済・産業・観光という経済的な力を生む。
4.社会的包摂。一人一人の能力を引出し、社会の力にすることが出来る。
5.国際的なブランド力。
6.常識・固定概念をぶちやぶる力がある。
7.有形無形の文化財に親しむことで、自分たちの祖先が積み上げてきた生きる知恵を学べる。
こうした文化芸術の力を大事にしていたフランス・ドイツ人などは強い。人として強い。
なぜ強いのだろうか。それは、科学等を司る理性と芸術などを司る感性がバランス
よくとれてるためにサバイバルする能力があるからだ。
日本はフランス人・ドイツ人などと同様に、そのポテンシャルがあるのにもったいない。
日本の文化の特徴は、
1.自然観(欧米は、人間は神に選ばれた存在。自然を科学技術を使って切り
刻んでもよいと考える。日本人は人間も自然の一部と考える。例えば、茶碗は
わざとゆがめてある。それが自然な形であるから。
ベルサイユ庭園は幾何学模様であるが、日本庭園は自然そのままを表現する。
(自然界には数学的直線・円は存在しない。)
西欧人は自然を克服する考え、日本人は自然と共存する。委ねる。
2.曖昧さの受容(黒白はっきりさせないまま受け入れる能力)
(日本ではどんな善人でも悪いところがあり、どんな悪人でも良いところがあると
考える。例えば、芥川龍之介の蜘蛛の糸に見られる。一方アメリカは悪か正義か
の二元論で物事を考える。)
3.目に見えないものの価値をしっかりと見極める(墨絵、音楽等。余白や間を
積極的に有効活用する。日本人は全部自分だけで表すことなど出来ないと考えるので、
描くものはヒントに過ぎず、余白は観るものに任せる。
ヨーロッパは人間は全てを表現出来ると思い込んでいるので、キャンバスの全部を
塗りたくる。)
日本人の長所のうち勤勉、優しさ、もてなし等は近代化とマッチしたため、
世界が認め、そして日本人も誇りをもって来た。しかし、日本人の本質である
日本の文化の特徴(自然感・曖昧さの受容・目に見えないものの価値をしっかりと
見極める)は、近代文明とは相容れない。
日本人は150年で忘れつつあるが、本来はこうした文化の価値を理解できる心が
あった。しかし、僅かに残っている。
その心は東北の地震の際の被災者の方々の対応にも表れた。
その価値を世界でもよいことと感じる人が多いから、世界のメディアでも取り上げらえた。
日本が文化の力を使って、発信する余地は十分にある。それはどうすればいいか。
言葉で説明しても伝わらない。言葉ではなく、レクチャーではなく、文化によって表現する。
実際に体感してもらうしかないだろう。
感受性の強い外国の若いアーティストを日本人に呼び、日本の心を持ち帰ってもらう。
それは、人類の貢献に繋がるだろう。和魂洋才という言葉にもあるように、
近代合理主義と同時に心の豊かさのバランスを持った国を作ること、日本がその
モデル国家となることが望まれる。
ー質疑応答ー
Q,「群馬県の富岡製糸場が世界遺産に登録されるためにはどのようなハードル
があるのか」
A,「富士山の時のハードルは、目に見えない価値。平泉は6年前に申請したがダメ。
3年前は数を6つに絞ったがそのうち1つが通らなかった。平泉のコンセプトは、
浄土をこの世に作ろうという藤原清衡の思想を体現した建物や庭。
しかし、藤原清衡が執務した「柳之御近」は中尊寺等と違って、その建物自体に浄土が
体現されていないということで世界遺産から外された。御所と他の建物等を関係づける
物証がないと言われた。三保の松原も同じ理由で富士山との繋がりが科学的に証明出来
ないとして除外されそうになった。従って、その繋がりを証明し伝える努力が必要だった。
富岡製糸場の場合も同様に、ひとつひとつの場所、例えば繭を作る、場所、その保管場所、
製糸工場等が繋がっているという証明が必要である。
このように、物証主義が、日本人には壁になっている。しかし、方向としては日本人
の考え方が理解されつつあると思う。
Q,「日本の文化というのは、日本人自身が気付いていない。」
A,「全く同感。日本に海外の若いアーティストを沢山招くことが一番効率的な「発信」だが、
彼らが感動して日本の文化を持って帰るだけでなく、その周囲にいる日本人が日本の
文化を見返す機会になればよいと思う。日本人に日本文化の良さを気付かせるには、
まず教育と言う人がいるが、学校教育のみでは不十分、家庭でもっと
お母さんが教える、職場でもそういう取り組みを作る、コミュニティーも作る。
また若い人が能等の日本の伝統文化に入って行くためには、ちゃんとしたマーケット
がないといけない。適切な値段で、適切な枚数売れることで演者さんが、
自分で一枚一枚売らなくても済む。芸能や文化は生きたものであり、政府がお金を出せば
存続できるという問題ではない。私たち一人一人が日本の伝統文化に触れ合う機会を作ら
なければならない。また、2020年は下村文科大臣と、スポーツだけでなく文化の祭典
にしようという動きがある。」
Q,「行事(七夕や門松など)が日本には事細かにある。それを大切にして、
日本が国として発信する必要がある。一度ダメになったモノは途切れるから。
A,「同感。私も娘を育てる際に気をつけたことは、外国暮らしが長いので、毎年必ず七夕
などの行事をやること。その意味を身体で感じさせ、習慣つけること。国としての動きと
して、2年前に11月1日を古典の日に制定した。去年は自分も和服で参加した。
着物等の伝統工芸品は単に見るだけでなく、買う人を作らなければいけない。
生きた関係がないと、伝統工芸であれ本当の意味で生き残ることは出来ない。
一人一人が動くこと(意識の面からでも)でしか生活に取り入れることでしか出来ない。」
Q,「ハロウィンなどの西洋の文化に押されているが何故か。教育の現場で伝える
工夫をするべきではないか?」
A,「学校で授業として伝統文化を取り入れる(今は音楽2コマ、図工2コマだけ)
だけでは不十分だし、増やそうとすると親から受験とは関係ないものを増やすなと言われる。
政府がいくら号令をかけても現実問題としては厳しい。ネットを使って下さい。
今日は豆まきだ!などとTwitterで呼びかけるなど、現代に合わせた工夫も必要だと感じる。」
Q,「能の現状は室町時代に成立して、幕府・大名のお抱えであったが、明治以降は
素人にお稽古をして頂き、その対価の上で成り立っている。歴史上一度も商売
ベースに寄ったことがない。この業界は、今、急激にお弟子が減っている。
都市への集中や他の芸能の多さに負けていることから、能はビジネスモデルが
既に破壌しているジャンルだとも言える。このように、日本はお稽古・たしなむと
いう文化の上に成立していたビジネスモデルが急激に崩壊している。
これの打開策としては、能がパブリックな存在になるしかないと考えるが、
どうしたらパブリックな存在になれるか」
A,「能・歌舞伎・狂言のうち、歌舞伎は比較的ポピュラー、それは役者さんが
テレビドラマやコクーン劇場に出る等の努力をしている。それがきっかけで本物の歌舞伎
を見る人もいる。狂言はスーパー狂言などの努力をしている。能も役者さんがなにか
できないか。「本物」を維持するには、大衆に媚び過ぎないようにしなければならない。
歌舞伎のような形で大きな組織がバックにつけば良いが、現実的には有り得ない。
ある程度伝統を守りつつ、今の流行に合わせて表現する。そのバランスが大切。
伝統工芸はあと10年経ったらもう後戻り出来ない。
また、能の始まる30分前の、本日の能のここがこうだという説明はよい。
小さいことで直ぐには効果がでないことだが、続けることでしかない。」
Q,「日本が観光ということに力を入れている。フランスは観光客が多い、
日本がそのような観光立国となるために、フランスから学べることは」
A,「異文化の人を受け入れる心の広さ。外国人観光客の対人口比率が、日本は8%、
フランスは131%、海外から日本の大学への留学生の比率は3.4%しかない。
しかも外国人留学生が一番残念だったことは、日本人が誰も家に呼んでくれなかったこと。
仮に数日間ホームステイしても、毎日外食だったことだという。家を見せるのは恥ずかしい、
外食(良いもの)を食べさせてあげようという日本人の文化が問題だと思う。
日本人は懐が狭い。それが外国人の比率が低いことに表れている。
日本人のオーケストラは外国人が1、2人いれば珍しい。ヨーロッパのオーケストラ
では多種多様な国の方がいる。もうひとつ、フランス人に学べることは、自分の文化に
誇りを持つこと。家庭の中で日本伝統文化の話を、普段の生活で取り入れる努力をする
必要がある。
Q「昨年、日本酒ラテンナイトで、アルコールの度数を下げ、フルーティーにした
獺祭(だっさい)と六歌仙(山形)と勝山酒造(仙台)のお酒を提供して外国人に
大変喜ばれた。
日本文化そのものというより、多少アレンジして外国人にマッチする形にするべき
ではないか。国内もアルコール飲料における日本酒の消費量が最盛期の36%
から現在6%となっており、日本酒を飲むという機会が少なくなっている。
ワイングラスで日本酒を飲むなどシーン(飲む背景、文化)を作らないといけない。
A「日本酒が急に増えたきっかけの一つは、一升瓶をワインの大きさの瓶にした。
これでレストランがワインセラーに保存しやすくなった。こういう工夫が必要。